GRAVITY  重力の中に生きる
私たちはなぜ、嬉しい時に「顔を上げ」「腕を挙げ」「飛び上がり」、反対に、悲しい時には
「首を垂れ」「肩を落とし」「うつむく」のでしょうか?これらの反応は、私たちが「重力」を知覚し、
身体だけでなく心理面・感情面においても重力から強く影響を受けている事の表れといえます。








無重力の宇宙空間に「上下」「前後」「左右」といった方向概念はなく、地球という重力場で身体が機能する事
で初めて、私たちはまず「上下」、次いで「前後」、「左右」という概念を発達させることができるようになります。

重力に直結する「上下」という概念はそれに由来する言葉も多く、「上機嫌」「気分上々」「上級」「上手」「上等」/
「意気消沈」「ダウンする」「落選」「奈落」「卑下」等があります。「上(カミ)」が「神」に繋がるように、多くの場合、
「上」は「下」に対しての優位性を示します。天国は上に在り、地獄は下に在るという価値観です。

この普遍的構図を人類の身体構造に置き換えてみると、「上」には生命活動上もっとも守るべき「頭部」があります。
人類が直立二足歩行に至る進化の過程は、私たちが「下」方向への原初的な恐怖感を抱え、重い頭部を地面から
遠ざけていくリスクを冒しながら、「垂直性」の獲得へと向かっていくプロセスと言うこともできます。

個体の発達過程に目を向けると、赤ちゃんは「誕生〜歩きはじめ」の間に重力感覚を発達させると言われていて、
「ハイハイ〜タッチ」の移行期に、転んで頭部が損傷することを防ぐために「恐怖感」を発達させます。
そしてこの時期に転ぶことが多かった子供程、重力に抗う為に後々まで身体を強張らせる傾向をもつ事となります。

その後の成長過程では、文化・ジェンダー・仕事・スポーツ・家族・ファッション・所属するグループ等からの影響で、
私たちは様々な「身体的パターン」を身に付けます。子が親の姿勢や歩き方を真似たり、長身の人が猫背の傾向を
もったり、左右非対称のスポーツによって偏った身体が造られたり、、。また、転んだり、高い所や乗り物から落ちる
ような身体的トラウマによっても身体的パターンは形成されてゆきます。

こうして私たちが抱いている様々な「考え・こだわり・怖れ」等は、身体の各所に「強張り」として表現されてゆきます。


下のイラストは、冒頭の人物像の身体の各部位(耳介・肩峰・大転子・腓骨頭・外果)に対して側面からポイントを入れ、
仮想の重力線が大転子の上を通過するよう描いた図です。



この様に、重力線に対するポイントの「前後」のバラつき方によって、身体から受ける印象は全く異なってきます。
心理面・感情面は姿勢に反映されているでしょうか?
知覚はどの方向に拡がっているでしょうか? どの方向に閉じているでしょうか?

@ は狭窄した胸郭が肩甲帯をサポートできず、肩が力なく前方に崩れています。
「意気消沈」を英語で「lose heart(ハートを失う)」と表現しますが、その状態を体現しています。

D は@とは対照的にみえる姿勢ですが、胸を張り、過度に後ろに引かれた肩は、やはり胸郭からサポート
されていません。背中は縮まり、身体は弓なりに反っている為、腰・背中などに過剰に負担が掛かっています。
知覚は身体前面に偏って拡がり、身体背面は意識されず、「背中を失った」状態とも言えます。

A,Eも重力線に対して前後にバラつきがあり、それを補う為に一部の筋肉が常に努力を強いられています。

B,C では重力線と身体の横のラインが一致していることで重力が身体の中心を通り、身体が「伸びやかさ」
「軽やかさ」を表現しています。大地から十分なサポートを得て、反対に大地に身体の重みを素直に委ねられ
ている無理のない楽な状態です。
知覚は全方向に偏りなく開き、心身のあらゆる動きに対してニュートラルな準備ができている状態です。

@,A,D,Eの様な、重力に反する身体の偏りやこわばりをロルフィングでゆるめていき、身体の並びがうまく
整ってゆくことで大地からのサポートを中心軸で受けた身体は、重力を「敵(負担)」ではなく「友(支え)」として
受け容れることができるようになります。

重力が身体の中心を流れることによって中心感覚が養われ、楽な姿勢や効率のよい動きを覚えた身体は、
重力に抗うような在り方・動き方には違和感を感じるようになる為、必要以上の不安や怖れやこだわりなどを
身体に溜め込み、身体を偏らせるような姿勢や動きのパターンも次第に消えてゆきます。






                 

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